プロフィール


名前: 山中 潤一

読み方: やまなか じゅんいち

生年月日: 19881027

年齢: 29

身長: 166cm

スリーサイズ: B100.W90.H105.

靴のサイズ: 27cm

出身: 奈良県(上京して9年目)

資格: 普通自動車免許

特技:

マウストランペット

ボールペンでギター演奏

 

得意な楽曲のジャンル: 

ファンク、フォーク、ロック

ブルース、ジャズ、JPOP

 

過去に出演したメディア: 

(芸歴)「笑っていいとも!」2012(フジ)

「グッディ!」2015(フジ)

「オタ恋(ぽっちゃり編)20162017(BS朝日、AmebaTV) 

「ホットドッグマンTV2017(AmebaTV)

活動歴: 

ラグビーを中高大とやる中で、15歳より作詞作曲を始める。

18歳より路上ライブを始め、19歳よりライブハウスなどに出演するようになる。

20098月に上京

4年間過ごした東京でなんにも出来ていないことに嫌気が差し、

2013GW 一旦実家奈良県に戻り、

自転車で路上ライブをしながら再び上京。

 

2013年末 吉祥寺GBにてワンマンライブを行う。

2014GW 代々木バーバラにて総勢42組の弾き語りミュージシャンを集める生音の祭典となる「潤一祭り」を主催。

20151月 配信限定シングル『make me happy』をitunes/レコチョクほかで発売。

1027日 アルバム『虹の街』で全国CDデビュー(インディーズ)

113日新宿ヘッドパワーにて全国リリース記念ワンマンライブ開催

2016年 月10本ほどの箱ライブを敢行

20172月西新井LIVEBAR~in4~にて平日毎日ライブを開催
4
月 足立区竹の塚地域センターにて小学生を対象にした職業体験にてシンガーソングライター講師

5月 「ホットドッグマンTV20175月から現在ED「バンズ」(AmebaTV)
6
月 三鷹市エコミュージカルファンタジー「ようかいエコロジーウォーズ」音楽担当

7月 配信限定シングル『my mother』をitunes/レコチョクほかで発売。
9
月 竹の塚地域センター大ホール(306)にて足立区音楽祭2017を開催

10月 調布市文化祭 演劇祭ミュージカル「ピッピ!」作詞作曲担当

11月 【フリーライブ出演】

竹の塚カリン収穫祭

西新井大師「お砂ふみ」

12月   寒川駅前フリーマーケットライブ

 

 

尊敬する人(影響を受けた人):

小林賢太郎(ラーメンズ)

田中真弓(声優) 田中公平(作曲家)

 

村下孝蔵




↓以前トップを飾っていたプロフィール↓

山中潤一 


自己紹介生年月日: 1988年10月27日
出身地: 奈良県御所市

職業: 歌手とか

 1988年10月奈良県御所市に生まれる。
16歳 
高校生の時にラグビー部に在籍しながら、姉が好きだった「ゆず」にはまり、音楽がやりたくて友達田中君からギターを教えてもらいながらデュオ『スリっパ』を結成する。
『スリっパ』は自然消滅し、趣味でギターを続けるもののラグビー部での活動が忙しくなる。

18歳 
ラグビー部引退と共に大学進学までの春休みの間、モバゲーで知り合った友人千夏ちゃんと出会い路上ライブの仕方を教えてもらう。JR高田駅の広場でゆずの「いつか」を4倍速で歌うというのが僕の路上ライブデビューであった。

大学進学のため愛知県春日井市にて一人暮らしを始める。
新しい土地でも路上ライブを始めたくていろんな駅を探した。高蔵寺駅という最寄りの駅で路上ライブをしている「こころね」というアーティストに出会った。こころね君は大曽根という路上ライブが盛んな場所を教えてくれた。
自分が一番うまいだろうと活きこんで向かった大曽根という駅で路上ライブをはじめたが、化け物のような上手さの人たちで溢れ返っていた。
立ち直れないような洗礼を受けたが、悔しいという感情よりもこの人たちのように笑顔で楽しく奏でたいと思うようになり、いろんな路上ライバーさんとお話をしていろんな技を見て盗むようになった。

19歳 
大曽根を中心に活動していたミュージシャン「hiro」さんの紹介で、名古屋にあるハートランドスタジオという老舗のライブハウスでライブハウスデビューをした。誰かに聴かせられるようなものではないと今になって思うが当時は誰よりも輝いていたと自負していた。
大曽根での路上ライブを盛んに行っていたこともあり、自分の歌である「せっかく」をカバーして歌ってくれるミュージシャンが2,3組いた。とてもうれしかった。

20歳 
大学では心理学を専攻していたが、将来学者になりたいわけでもないのにこんなに大学にお金を払っているのは無駄だと思い、大学を半年間休学後退学届を出し、更に3か月後上京する。
奈良県の実家にいる頃に見た上戸彩主演のドラマ「下北サンデーズ」に憧れ、下北沢の不動産に足を運び家賃5万円以内のところを探し下北沢から少し離れた現在の都、杉並区に住むことになった。

21歳 
どうやって音楽をすればいいのかわからず、ある日の座談会に出席すると久我山の婦人の方から曼荼羅という有名なライブハウスのオーナーである藤崎さんという方を紹介していただく。
曼荼羅グループの吉祥寺にあるスターパインズカフェというライブハウスに出演させていただくことが決まり、これが東京でのライブハウスデビューとなった。

22歳 5月 
友人でミュージシャンの黒崎君からライブでのサポートギターを頼まれ出たライブに関係者として元19で今はバンド活動にソロ活動をされている岡平健治さんと岡平さんのバンドではベースをされている千葉さんと知り合うことが出来た。その時、コーラスでしか歌っていない僕の声を聴きその日いたたくさんのミュージシャンの中できっと君が一番歌がうまいよと褒められ、未だに自信に繋がっている。

10月 
初めての主催ライブ『music house』を名古屋にあるドリームキューブというライブハウスで行った。6組の出演があり、3時間以上となるライブイベントになったが、企画・運営と練習と遠征という多忙と30名のお客さんという予定していた動員の半分だったこともあり、もう二度とやるかと思ったが、終わってみればもう一度やりたいと思うが未だにやらずこれっきりのイベントとなってしまった。
吉祥寺という街は路上ライブが盛んな街ということを知り、毎日のように路上ライブに繰り出した。
ファンクが大好きなギター&ボーカルの「村上さん」とサックスの「たかふぃるさん」と出会い、いつの間にか一緒になってセッションが毎週金曜日行われるようになった。

23歳 
お金のない生活が続きすぎてギターの修理代を稼ぐとともに路上ライブ中心の夜の生活から生活リズムを整えるため、少しずつアルバイトに力を入れるようになる。
路上ライブもライブハウスでの活動もしつつ、夢である歌手になるためたくさんの人に自分を知ってもらおうと「拡大」と目標を掲げて歌える場所を探した結果、月に1度ほどの吉祥寺ROCK JOINT GBでのライブと吉祥寺カフェフレンズでの毎週水曜日15:00~17:00でライブをさせていただく(カフェフレンズでのライブは2012/12/12(水)をもちまして終了致しました)。

 

24歳 

2013年5/6~5/13実家奈良県をスタートし自転車での路上ライブの旅をスタートさせた。

南阿佐ヶ谷にある、BAR BROCKをはじめ色々な場所で音楽をするようになる。
今までにない、「行動」を起こす。
25歳から30歳の【男】としての舞台を更なる飛躍のときと定め、おおきく活躍するために『滑走路』と名付け精力的に活動した。

 

25歳 2013年12月15日に吉祥寺GBにて初となるワンマンライブ(アミューズコール)を行う。

 

2014年 3月よりボーカル千沙翔を迎え、POWERING VOICEを結成。同年9月よくある方向性の違いにより苦悩の決断、解散。

同年11月 1度きりのライブのために、芸人パーマ大佐・園田光 シンガーソングライターじゅり 音楽家OLしげ とともにアカペラグループ ブラウンシュガーを結成。

 

2015年 1月。プロデューサーにdaigoを迎え配信限定シングル『make me happy』を1年間限定でitune/レコチョクほかで発売。

事実上のこれがデビュー作品となる。

同年3月14日 自身初となる無料ワンマンライブを開催。

弾き語り1発録りとなる記念CD『豆苗(くさ)』(限定50枚)を発売。

その後、完売。

同年 27歳 10月27日

インディーズデビューアルバム『虹の街』を全国発売。

11月3日新宿ヘッドパワーにてCD発売デビューイベント
山中潤一CDデビュー~虹の街~
を開催する。

 

2016年 がむしゃらにライブ活動をとにかくせっせと。
音楽1本でやってみるけれど、うまくいかず支払いがめきめき溜まり家賃も2ヶ月滞納いろんなものを滞納に滞納を重ねてもう無理だってなって11月末のライブで一度ライブ活動を自粛。

2017年 2月
いろんな人の励ましと触発とで派遣アルバイトをやりながらも引越しもして
新しい環境になって心機一転、以下のような平日毎日ライブをするというトチ狂ったことをしました。

2017年 10月15日~

一般職をやめて、音楽一本に。